竹島と尖閣諸島が日本の領土を示す地図

シンガポール・ヤフーなど、韓国関連誤記を訂正
1月5日13時37分配信 YONHAP NEWS

【ソウル5日聯合】シンガポール・ヤフーとカナダ・ブリティッシュコロンビア州(BC)政府のウェブサイトが、韓国関連の誤記を訂正した。ネット上で外交活動を展開する民間団体VANKが5日に明らかにした。
 シンガポール・ヤフーでは1週間前まで、アジア紹介地図で韓国を「中国領土」と表記していたが、同日現在、「韓国領土」に改められている。BCのサイトでは韓国の大統領を「盧武鉉(ノ・ムヒョン)」と表記していたが、やはり同日現在、李明博(イ・ミョンバク)大統領に訂正されている。
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この記事を見ていて、日本ってロビー活動どのくらいしてるんだろうと思いました。しかし、それにしても「韓国が中国領土」に表記されていたことにはさすがに酷いと思いましたが…となると、韓国という国を(北朝鮮も、なのかな)シンガポール・ヤフーは認識していたんだろうか??気になる…


先ほど水間さんのサイトを覘いたら、タイムリーに領土問題を取り扱った、しかも資料が掲載されていたので、ここで紹介したいと思います。なお、先日には中国が合意を破って東支那海におけるガス田採掘を開始したというニュースもあり、日本の国益を守るという強い認識と、そもそも「日本の領土なんだ」という強い自信が日本人にないと、『向こうがそんなに言うって事は、向こうが正しいのかも…』という誤った判断をしてしまいかねません。政治は政治家に任せるとして、日本人として”知ること”が大事ですよね。

訪問されたことの無い方は是非一度。
http://www.freejapan.info/?_Top

■SAPIO 2008.9.24(ジャーナリスト 水間氏)
以前のブログ(http://coffee-eclair.at.webry.info/200812/article_15.html)で紹介した、外務省の冊子『竹島を理解するための10のポイント』を補強する、当時の世界認識を示す地図が水間さんのサイトで紹介されています。ここではポイントのみ抜粋して掲載します。こうなると、もはや『どっちの言っていることが??』というレベルではありませんね。

韓国人歴史家の玄采が監修し、光武3年(1899年)に作られた地理書『大韓地誌』がそれだ。これは、韓国が日本の保護国になっていなかった時代に作られた地理書であり、当時、学校教育でも使用されていた”準公式文書”である。現在、原本を入手するのは非常に困難であるが、国立国会図書館関西館(京都)に所蔵されていた。(中略)
大一編<第一課 ① 幅員 海岸>(写真②)では、「わが大韓民国の位置はアジアの東部に在り、支那の東北部から日本海と黄海・渤海の間に突出した半島国で、北緯33度15分」により42度25分に至り、東経(英国グリニッジ天文台を基準とする)124度30分より130度35分に至り、東は日本海を界とし、西は黄海に浜し、南は日本海と黄海を臨み、東南は一海峡を隔てて日本の対馬と相対し・・・」(中略)
「たとえば1951年に米国で発行された『THE AMERICAN OXFORD ATRAS』である。日韓の国境線が竹島と鬱陵島の間に引かれ、竹島の表記も「Take」となっている。李承晩ライン制定後の1958年、イギリスで発行された『THE TIMES ATRAS OF RHE WORLD』には、境界線は描かれていないが、竹島は日本名で「Takeshima」と表記されている。同様に、1960年、イギリスで発行された『ENCYCLOPEDIA BRITANICA WORLD ATLAS』も「TAKE」と記している。比較的最近でも「竹島」表記はある。1994年、フランスで発行された『GRAND ATLAS BORDAS』では「竹島は日本領」となっている。(略)
「日本語はあまり話せないが、しかしお金には糸目をつけない。韓国人か中国人ではないか。最近は地図帳だけでなく、中国で発行された古い本であれば、当たり構わず買っていく。支払いはすべて現金です」

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日本は米国に負けたのであって、韓国は米国によって独立を勝ち得たのであるため(東南アジア諸国が自らの力で勝ち取ったのとは異なる)、米国の意思・見解・認識を無視した主張はそもそもありえません。従って、当時の地図で示される事実は重いです。更には1899年、下関条約によって清国からの独立が承認された時点においても、自国の歴史家が現在の竹島を領土として認識していなかったことは非常に重要です。とかく”日本の支配下にあって主張できない云々…”という論調は、1899年時点ではまだ併合前ですし、当時ロシアの朝鮮半島での勢力が強かったこともあり(大体ロシアに迎合していた)、これは筋の悪い主張だと思います。まあ、どのみちもはや異論の余地の無い議論なのだと思いますけど。。。
※ついでのおまけですが、当時の韓国人歴史家は、日本海と呼び、日本領対馬と言っています。


■SAPIO 2008.8.6(ジャーナリスト 水間氏)
記事によれば、「尖閣諸島は1895年1月、国際法上の「無主地占有(持ち主のいない土地を先に占有した国に、その土地の領有権を与えるという考え方)」に基づいて10年に及ぶ現地調査の結果、明治政府が閣議決定して日本領としたもの」です。まだこのあたりは良く知りませんが、水間さんによれば、台湾や中国の領有権の主張が始まったのは、この海域にペルシャ湾に匹敵する地下資源(石油・天然ガス、メタン・ハイドレード)の存在がささやかれた1970年代からということです。そして、尖閣諸島は日本が太平洋戦争で敗戦した際に領有権を放棄したと主張したと言うことですが、そのような事実は無いようです。また記事によれば、沖縄返還前の琉球政府が1970年に米軍の協力で尖閣5島に領土表示板を設置、続く沖縄返還協定では、尖閣諸島を含む南西諸島は日本に返還されました。

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そもそも竹島問題もそうですが、太平洋戦争で日本は米国に負けたのであって、別に中国に負けた訳でもないし(しかし連合国にはなっていますが、それも国民党)、韓国は当時日本だった訳です。よって戦後の領土決定権は米国の意思に依存することは当然の結果であって、韓国や中国(共産党)が主張すること自体、筋違いだと思います。

台湾が当初尖閣諸島の領有を主張していなかった証拠として、当時の教科書があげられます。1954年発行の『新編 初職本国地理』という教職員向けテキストや、中学校用教科書『初中地理(1967年発行)』でも記載は無く、ここに示される”琉球諸島”の範囲は「北緯24度から30度、東経122.5度から131度」と示されており、これに従えば尖閣諸島は琉球諸島に含まれることになります。馬英九総統はこの教科書で勉強したはずです。それが唐突に改竄され、突如として領有権を主張し始めたようです。


水間さんの本件に関する調査にあたって、「国会図書館は1970年以前のものを収集の対象としていない」という、不可解な事実に直面したそうです。ダメじゃん!!意味が分からない・・・。これについては、麻生首相に収集するように働きかけをして欲しいものです。


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ブログ主は国籍法改悪・外国人参政権・1000万人移民・共謀罪に反対しています。

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