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新自由主義の行きすぎた規制緩和によってカジノ化した経済は、リーマンショック以降一気に表面化した。縮小した民間経済の穴を埋めるべく財政出動が必要なのだが、財政赤字を懸念するユーロは緊縮財政・財政再建に舵を切る。当時の麻生元首相は財政出動を叫び、日本の経験を生かすべきだと国際社会を牽引し、各国協調して財政出動が取られた。しかしその強調したケインズ政策も、ここへきて足並みが乱れ始めた。 「不況のときには財政赤字を出してでも政府支出をし、総需要を拡大すべし」 というのは、一般のマクロ経済における教科書通りの政策という。もちろん教科書を読んだことは無いけれど。 しかしながらこの不況期のみに必要とされるように思われがちなケインズ政策は、どうやら多くの誤解に包まれているようだ。 ケインズ政策は本来景気変動要因を少なくし、その上で不況になった際には財政出動を図るものであって、大事なのは通常経済時における変動要因を取り除くことにある。何も不況になったから必要な政策なのではない。この誤解を生みだしたのは『雇用・利子および貨幣の一般理論(英経済学者ヒックス:1936年)』にあるという。ヒックスがケインズ政策を誤って解釈し、これを単純化してIS/LM理論としたことに起因しており、これが教科書にケインズ政策として採用されたことによるものようだ。 このことについて中村氏が6月のエコノミストに寄稿した記事『「誤解に基づくケインズ」から脱却を』で紹介している。 IS/LM理論についてよく知りませんが、少なくともこれはケインズが考えたものでは無く、ケインズ理論をヒックスが解釈したもので、ケインズ理論の本来の姿とは違ったものとしているようだ。それは簡単化・単純化したことがウケが良かったらしい。IS/LM理論については今後の課題としても、ケインズ理論について語られている場合には、それがIS/LM理論によるものか否かは、十分注意する必要がありそうだ。逆に今まで下手に知らなくて良かったということになるが。 故に第二次大戦後に行われたケインズ政策も結局は本来のケインズ政策で無いことに加えて、スタグフレーションの発生とインフレを誘導する政策がアンマッチし、時代が不要と判断したことが、市場原理主義を呼び起こしている。そしてケインズが危険視した”金融主導の経済”に世界はどっぷり浸かってしまうことになる。 ソロスによれば市場には可謬性と操作性が存在することでバブルが発生すると言え、この歪を見出し続けてきた。イングランド銀行を潰せる程の力や資金力を持っていたとしても、その眼力がなければ成功を収めることは出来ない。ただそんな可謬性と操作性は、明らかに無知な投資家によって更に煽られ、バブルとして成長していく様は、ゴールドマンの市場誘導を見れば明らかだ。自らの力で直接バブルは起こせなくても、市場を誘導することでテコの原理を働かすことが出来る。こうしてあちこちでバブルが生成されてきた。 無知な投資家の排除、つまり短期利益を追い求める欲に目がくらんだ短期投資家を、株式市場から排除すべきであるとケインズが考えていたのは正しい。これについては『一般理論』の12章に書いてあるそうです。「資本設備の長期的な収益予想に基づいて投資を判断するのではなく、その投資を行うことで株式市場における評価が上がるかどうかに基づいて投資が行われるかもしれない」という問題は、まさに現代の金融資本主義が生み出した問題に他ならない。個人投資家を煽り、儲け至上主義に走らせた。 「個人投資家を市場に呼び込み、資金調達を容易にすることで成長を加速させる」というバブル生成局面のみを切りだして正当化する金融資本主義は、それがバブルであることや破裂した際の負の遺産の処置について無視し続ける。ケインズはこの悪しきバブルの発生を抑止する政策であり、不況となった際には財政出動をして民間経済の減少分を穴埋めし、経済全体の規模を一定に保ち続けるというものだ。過剰に儲けたい強欲主義者には受け入れられない政策なのかもしれない。 「カネは持っているが経済や投資先企業に対する知識のない素人の市場参加と、これを操る扇動家・金融機関という関係」と、「選挙権を持っているが政治の知識の無い有権者と、これを操る政治家・政党という関係」は非常によく似ている。そしてそこには必ず可謬性・操作性が存在することになる。素人であるが故の可謬性と、素人を操ることによる操作性。その結果はどちらにもバブルが発生するという、あまりに見事な一致だ。 そもそも企業に投資する際に、長期投資ではなく短期のカネ儲け主義者を排除するのは、資金調達云々以前にモラルハザードを引き起こすために排除すべきだし、個人金融資産は金融機関の投資先の一つとして国債に回ればよく、その代わりに利息を受け取ればよいのだ。 このため国際社会に求められる新たな金融システムには、扇動されてバブルを作り出す投機マネーの排除は必須項目とすべきだ。 ケインズ政策は小さな政府を標榜する国からは煙たがれるだろう。それでも日本経済はケインズ政策の元着実に発展を遂げ、戦後の荒廃した状況から見事に一億総中流の世界第二位の経済大国にまで成長することに成功した。社会インフラが徹底的に破壊しつくされていたことも、インフラ構築という政府主導の公共事業が必然的に要求されたが、これは『戦後復興』という大きな目標に向けた成長戦略に他ならなかった。 このことはケインズの『一般理論』24章に記される「投資の社会化」と同義となる。そうであるからこそ、現在のようなデフレ不況にあえぐ日本には進むべき目標を示すビジョンが必要であって、明確な成長戦略が必要となる。現在社会における成長分野の見定めや、国家戦略上の重点分野の策定と、これへの投資。特に利益を生み出すまでに時間と費用が掛る分野こそ、公共事業に相応しい。つまりは社会インフラであって、最も分かりやすいのが「光の道」構想だろう。 日本全国津々浦々をブロードバンド網で整備し、可能な限り光ファイバーを敷設する。この環境整備こそ公共事業の名のもとに行われるべきであって、NTT東西どころかアクセス網を分離させて云々といった次元の話では無い。もし分離させるならそれは国営若しくは半国営で行うべきところであって、競争にさらす分野では無い。ビットパイプ化する回線事業では、利益度外視のインフラ整備が求められ、その整備された後に活性化する場が提供されればよい。高速ブロードバンド上では様々なサービスが展開し得るので、まさにうってつけだ。 大体、業界自体がデフレ化しているにも拘わらず、競争による市場の弱体化をこのような時期に図るのは愚策以外の何物でもない。水平分離させたいなら、KDDIもソフトバンクもアクセスを分離して引き渡し、垂直統合出来ない仕組みにする覚悟があるのか。少なくともKDDIにそこまでの覚悟など無いような気がするが。兎に角、時期として最悪な時期だということ。 しかしながら公共事業か抱える問題はなかなか排除することが難しい。そこは利権の塊であり腐敗の温床となる。有権者の政治不信を招いた政治とカネがまさにこれだ。利権と癒着の排除。それをするのがメディアだと思い信じていたのがそもそもの間違い。メディア自体が利権と腐敗の温床なので、別のシステムが必要なのだと思う。そんなシステムは、インターネットが整備された現代社会こそ実現し得る環境が整っているのかもしれない。 ただね…ケインズが求める公的影響力は2/3から3/4とかなり大きいので、この点はもっと民間に自由度を与えるべきだと思う。せめて半分くらいまでじゃないだろうか。勿論そのためにはバブルを誘発する投機マネーを排除しなければならないだけでなく、資産バブルが発生しない様な環境を作らなければならない。そのために、素人を排除しなければ。 権利を主張して獲得した挙句に壊すのは、市場も政治もどちらも素人とはね…。 もしかすると参政権も資格制にする必要があるかもしれない。扇動政治家に惑わされないために、メディアに煽られないために、衆愚政治にならないために… よろしくおねがいします。人気ブログランキングへ --- ブログ主は国籍法改悪・人権擁護(言論弾圧)法案・外国人参政権・1000万人移民・共謀罪・主権移譲に反対しています。 |
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